第四拾話 定め天上界から戻ったアシャーは、古都の惨状に絶句した。 更に、古都に残っていたファントムから、黒龍の討伐には成功したものの、ヴァンが犠牲になってしまったことなどを告げた。 「そうですか…ヴァンさんが…」 その知らせを聞いたアシャーは、沈痛な表情を隠せない。 「ロレッタの方も、恐らくもう戦えないだろう。夫が目の前で息絶えたのだからな」 「あぁ…」 アシャーはヴァンの恋人であるロレッタの姿を思い浮かべる。 大丈夫なのだろうか?これからの生活等に支障が出なければいいのだが… 「ビガプールも奴等のせいでほぼ壊滅状態…戦況は絶望的だ…」 古都ブルンネンシュティングと親密な関係にあったビガプールの街は、ほぼ半分以上が壊滅し、古都ブルンネンシュティングも甚大な被害と犠牲を出した。 それに、ヴァンとロレッタの2人が抜けたことによる戦力の穴も大きい。 ふとアシャーが思い出したようにファントムに告げる。 「ヴァンさんとロレッタさんが抜けた穴を埋める…ということでは無いんでしょうが、天使長アズラエル様が今回の惨事に慈悲の心を向けてくださりまして、救援や戦力の援軍ならいくらでも出してやるとのことです」 「ほう…」 ヴァンやロレッタが抜け、それにビガプールや古都の主戦力が乏しい今ではこれは嬉しい知らせだった。 アシャーの他にも、あのダグと言った天使も天使長を説得してくれたのだろう。 2人が話していると、伝令役らしい兵士何やら箱を手にファントムに駆け寄る。 「ファントム様、例の武器が完成しました」 「おぉ、そうか…ランディエフは?」 「ランディエフ様なら今、こちらへ帰還しているとのことです」 「なら、それを持ってランディエフの所へ向かおう、ついて来てくれ」 その2人のやりとりに、アシャーは苦笑しながら問い掛ける。 「また何か作ったんですか?ファントム?」 あ い つ 「あぁ…ランディエフの新しい剣をな…しょっちゅうぶっ壊すからな、並の武器じゃすぐ壊されちまう」 「…これは?」 ビガプールから帰還したランディエフに手渡された武器は、異様な形状をしていた。 恐らく『シャムシール』等の武器の形状を元にしてあるであろうその曲刀の刀身には、漆黒の鱗が隙間無く張り詰められている。 そして曲刀にその鱗を張り詰めたのではなく、角か何かを曲刀状に削って張り付けたようだ。 盾の方も、まるで何かの生物の甲殻をそのまま切り出して使用している感じがする。そう、まるで黒龍の甲殻のような――――…。 その武具の素材に薄々勘付いているランディエフに、ファントムは言葉をかける。 「これは、2日前に倒した黒龍の甲殻や角、鱗をその身から削ぎとり、1日掛けて工房が仕上げた品だ…」 それを聞き、ランディエフの表情が嫌悪の色を露にする。この武具の素材のモンスターは、自分達の仲間を殺した奴なのだから、誰でも嫌がるだろう。 だがファントムは、その表情を気にせず続ける。 「…ビガプールでの話は聞いた…あの少女は、利用されていただけだそうだな?」 「…あぁ…」 ランディエフが表情を変え、沈痛な表情で頷く。 紅龍にいいようにコキ使われ、死んでいったネビス。2度とこんな事になってはいけないのだ。 「…なら、あの黒龍も同じかもしれないぞ?」 その言葉にランディエフはハッとする。 黒龍は確かに許せない敵だが、その潔さはランデェイフ自身も認めていた。 奴は命令されれば必ず従う。他の仲間…ネビスや、あの短髪の少年達が退いたというのに、黒龍だけが命令に背いて戦い続けるはずがない。 恐らくは…紅龍に謀られたのだ。 表情の変化を悟ったファントムは、更に言葉を続ける。 「…そう思うなら、黒龍の仇もあの少女の仇もまとめてとってやるんだ…その剣を受け取ることに、異議は無いな?」 ランディエフはコクリと頷いた。 『名も無い崩れた塔』の自室で、クロードは最後の戦いに向けて準備をしていた。 部屋に3つあるベッドの中、2つは空だ。 ネビスは死に、セルフォルスは最近紅龍の所で何かしているのか、姿さえ見せない。 ―――ふと、本当にここにきてよかったのかと思う。 大切な仲間を失い、ただ戦いつづけた先に何があるのだろうと。 だがクロードはすぐその考えを振り払う。 自分の帰りを待ってくれている人がいる。重い病と闘いながら必死に自分の帰りを待ってくれている恋人が。 古都を攻め落とし、この戦いに終止符が打たれた時は、セレナの元に帰ろうと思う。 …彼女以外、何も残っていないのだから…。 クロードは準備を済ませると、出撃に備えて眠りについた。 ジャンル別一覧
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